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りゅうおうのなんちゃら

 りゅうおうのおしごと5巻読了。
 この作品、めったくそおもしろいので、未読の方はおすすめします。なにより将棋の対局の描写がすばらしくリアル。俺は将棋の駒の動かしかたすら知らない人種なんですが、対局のシーンの描写がすばらしくリアリティあって、それだけでも充分おもしろい。ヒロインに関しては基本的にこども過多ですが、主人公がロリコンではないので、そういうのが苦手な方も安心です。ろうキューブなんかと違うのは、主人公が完全なすっとぼけ描写ではなくて、この世にはロリコンという人種がおり、その嫌疑が自分にもかかっているということを自覚しているところです。いちおう巨乳好きという担保をとってることもあって、まちがっても小学生と性的な行為に及ぶ心配はなさそうです。

 で、作品の感想を書く前に、しみじみと思ったことなど。
 ほんとロリコンってカジュアルになりましたよね……。俺は、内山亜紀のころは自分がリアル子供だったこともあってそういう文脈では消費してなかったと思うんですが、20歳くらいからは自覚的なロリコンでしたので、エロ漫画は基本的それ系が多かったです。みむだ良雑くらいからはリアルタイムですかね。
 宮崎なんちゃらの事件を思い出すまでもなく、ロリコンってのはあくまで日陰の趣味であって「絶対に」知られてはならないものだったわけですよ。作品のほうもそれに応じて基本的に薄暗いものが多かったです。てゆうかあれは吾妻ひでおの体質がそのまま影響を与えてたんだと思うんですけども。そこ行くとこの2017年は、特にそういう作品を追い求めてなくても幼女のほうから俺に飛び込んできてくれるくらいには、どこにでもあるものになりました。俺的にはすばらしい時代で、世のなか的にはどうなんだよこれ。

 で、5巻なんですけども、これ非常にうまいなあと思う点がいくつかありまして、ひとつには「いっけん突飛に見えるエピソードを現実的にありうるレベルに回収してくる」という点ですね。10歳のあいと17歳の主人公を結婚させたがる親、っていうエピソードは「現実的には」どう考えても説得力はないんですが、お話の次元においてはちゃんと「なるほど」と思わせるような描写は入れてある。このことにより、作品に与えられる安定感みたいなのはかなり大きい。
 次にエピソードの取捨選択。今回、主人公のタイトル防衛戦がメインの話なんですが、7戦あるうち、要となるエピソード以外はばっさりと切り捨ててます。エンタメに徹するっていう作者の姿勢がよくあらわれてますね。「将棋そのもの」はテーマになりえなくて、将棋にまつわる人間ドラマでないと読者の興味を引けないとよく知ってる。
 俺はこの作者の作品は、ほかには「のうりん」しか読んでないんですけど、ここまでうまい人だとは思ってなかったです。
 あとギャグのキレもかなりいいですね。「のうりん」だと正直かなり当たり外れが大きかった印象なんですけども、この作品の場合ネタで勝負っていうより、作品の構造が笑いを生み出すように作られているので、そうそう外れません。非常に良質なエンタメ作品だと思います。

 個人的にはあいがとにかくストライクです。腹黒でヤンデレ気質で尽くすタイプの10さいとか俺にとっては最高です。

雑誌売れない

 雑誌の売上がめったくそ落ちている。落ちてる理由なんだけど、最大のものは「売場面積が減った」ということだと思う。あ、俺の商売においてはって話です。もう10年前の半分とかなんですよね。入荷する数もほんとに減っちゃって、雑誌ってメディアはもう機能してねーんだなあと思うことしきりです。
 とはいえ、あれって売りかたとか商品のコンセプトの問題ほんとにないの?って問うと、なんか問題ありそうな気がしてしょうがない。俺、雑誌ってまだまだ伸びる余地あるんじゃないかと思ってるんですよ。

 かつては雑誌も書店が売上の中心で、それがコンビニ中心に移行してきたわけです。この移行のときに手を打たなかったのが雑誌の衰退のいちばんの理由かなあと思ってます。
 コンビニでも雑誌は売れなくなってる。それは確かです。でもすべてが売れないかっていうと、あんがいそうでもないんですよ。たとえば地元を対象にした情報誌みたいなの。これをレジ前とかに陳列するとかなり売れる。この「売れる」感じは決して過去の雑誌が売れていた時期と比較しても劣るものじゃないです。
 じゃあなぜそういうものが売れるかっていうと、地元のことは知りたいから。知ってる店が取り上げられてるのを見ても嬉しいだろうし、逆に知らない店があって「行きたい」と思ったときに、さほどの苦労なく行けるわけだから、そういう情報が載っていても嬉しい。じゃあ地元のことを網羅的に知りたいと思ったときに、たとえばネットを活用しようと思うと、あれ、一覧性が極端に低いんですよね。その一覧性を補強するものは検索エンジンなんでしょうが、ここに参入障壁があるっていう意見はあちこちで見かけます。
 かわりにネットでは速報性は高いんですが、じゃあそこまでの速報性ってそこまで要求されてるのか。そうでもないですよね。
 どっちにしても「編集が入ってないナマの声」っていうのはノイズが多すぎて、情報の処理に慣れてないと使いこなすのに時間がかかる。
 そう考えると、地元のグルメ情報だとか、あと1980年なりの特定の年代に的を絞ったマンガの特集だとか、そういう編集の切り口が強く入ったものって、かなり需要あるんじゃないかと思ってます。雑誌の編集ってつまり「この世にあふれるさまざまなもの」をどう切り取るかっていうことだと思うし。その一部をネットに持ってかれたときこそ、紙の媒体の一覧性の高さ、情報の編集力、そういうものが活きたはず、だったんですけどね……。もう出版社にもそんな余力はない時代なんでしょうか。
 まあ雑誌に限らず、素人の書いたものがあふれてる時代だからこそ、プロフェッショナルな編集の力って必要とされてると思うんですけど、どうなんすかね……。まあはてブはそういう意味ではそこそこいい線行ってるような気がしますよ。
 

宗教アレルギー

 ここ数年だと思うんだけど「宗教」ってものに対するネットでのアレルギー反応みたいなのがけっこう強い。あれはここ数年のことだと思う。まあ観測範囲ははてなのホッテントリだけなんですけど。
 見受けられる状況としては「宗教=すべて悪」みたいな図式。宗教つったって、いわゆる世界宗教みたいなのと新宗教ではまったく意味が違うわけで、そこをすべてごっちゃにしてるような感じがあるんすよね。

 なんでこうなったかっていうと、ひとつはいまネットで声あげる人たちは、オウムのあの事件以降に物心ついた人が多いんじゃないかな、ということ。となると「新宗教=絶対悪」みたいな図式があらかじめ植え付けられたうえで、イスラムの自爆テロなんかのニュースが頻繁に流れてくる。さらにカルト絡みのニュースなんかも「ふつうの人間には理解できない」という意味で「頭おかしいやつら」認定が非常に簡単におこなえる。わかりやすいスケープゴートになりやすいわけだ。まあイスラムに限らず、全体的に原理主義者の活動がニュースになりやすいすよね、21世紀に入ってから。

 まあここ読んでる人たちは基本的にものわかったおっさんが多いと思われるので、いわずもがなかもしれないが、いちおー自分の頭をまとめるために書いておくと、いわゆるアブラハムの宗教とか、あとタイとかにおける仏教とか、そういうのあたりと日本でいうところの新宗教は同じ「宗教」と名がついていてもまったく別のものだ。彼における宗教とは「人を文明化するシステム一式」といっていい。それは日本における「世間様」であり、初詣であり、神前の結婚式であり、立ち小便スポットに描かれた鳥居であり、そういうもののシステム一式だ。
 ……というようなことは、ちょっと調べればすぐにわかる。
 あるいは、教えられればわかることでもある。
 そうなってくると、これは教育の問題なのかなあという気がします。
 そもそも日本に住んでてふつーにぼーっと暮らしてる限り、宗教がそこまでシリアスなものと把握されることは少ない。だから、宗教ってのはそういうものじゃないんだっていうことをまず知る必要がある。
 そういやこのあいだ、ツイッターでおもしろいのが回ってきたんですよね。俺、豚肉禁止に関して「感覚的には」わかってなかった部分があったんですけど、そのポストいわく「イスラム教徒にとっては、豚肉ってつまりウンコ」って言うんですよ。だから一度でも豚肉切った包丁はだめだし、ハラールもあんだけめんどくさいと。めんどくさいっていえばそれまでなんですけど、実際にうんこだとしたらそりゃ神経質にもなるよなーと。店にアラブ系の人がきて「ポーク? ポーク?」って聞かれると正直めんどくせーなーと思ってたんですけど、彼らにとってそれがうんこであるとするなら、ちったーまじめに相談に乗ってやろうって気にもなります。
 大多数の日本人にとって虫食って生理的にだめなものだと思うんですけど「えいようあるよ」「タンパク源としてすごくいいよ」「低コストだよ」といわれても、受け入れられないものは受け入れられないと思うんですよ。で「じゃあなんでだめなの? 日本人納豆食うでしょ意味わかんないす」っていわれたら、その「なぜ」に答えるのは難しい。原理的にはさておき、現象面としてはそんな程度のもんだと思うんですよ。
 そんで、そういった部分にまで食い込んでるのが「宗教」っていう名のシステム一式なんだっていうこと、ちゃんとだれかが、どこかで教えなきゃだめだと思うんですけどね。洗脳とかそんなレベルの話じゃないってこと。これからの時代、そんな呑気なこともいってられないんでしょうけど、ひとつの文化にくるまれて、生まれ、育ち、死ぬことは幸福の条件のひとつでもあるんだろうと俺は思うんですよ。

29歳となんちゃら

 29歳となんちゃらっていう小説の2巻をこのあいだ読みまして。1巻はだいぶ話題になってたし、実際俺もついうっかり読んでしまってけっこうおもしろかったです。
 おそらくだれもが感じた違和感みたいなものが1巻にはあって、ひとつはおしごと作品としての理想的な主人公像とオタ的なものとのかみ合わせが異常に悪かったってこと。あのキャラ設定でオタはねえよな。現実にはありえないことではなかったとしても、お話としての説得力は相当に落ちます。まあこのへんはたぶん作者もわかってて、それで「熱さ」みたいなもののほうを優先したってことでしょう。
 あとは読者層を決めたうえでのマーケティング臭が作品全体からただよいすぎてて、現役のラノベ読者である俺からすれば「勘弁してくださいよ……」みたいな気分になった。このへんも違和感あった人いたんじゃないかと思います。
 よかった点としては、そもそも小説としておもしろかったってことですね。おしごとものとして、一定の説得力があった。作者がその業種について相応の知識があったってことでしょう。
 利点欠点含めて、この作品は「あえて」ラノベっていうフォーマットでそれをするってことに意味があった作品だと思う。不自然さの由来である主人公のオタ設定、女子高生との関係、妹のキャラ設定なんかを抜いてしまえば「ふつうのおしごともの」になってしまう。なら別にラノベでやる意味ないよねっていう。
 成功したかどうかっていう点でいえば、おもしろかったし売れてもいるんでしょうが、ラノベとしてはどうなんだろうね、みたいな感覚が残ったかなーと。

 んで2巻です。
 2巻の段階では、不自然ながらも設定を「そういうもの」として受け入れてる自分がいるので、違和感はある程度消されてる前提になります。そこへ持ってきて、主人公の「作家志望」っていう設定が充分にきいてきてる感じです。それによって女子高生との関係にまつわる不自然さがかなり薄くなってる。おしごとものとしてのリアリティは1巻のときと変わらず、ハッタリはきかせつつも充分に説得力があるのでおもしろいですね。
 で、この作品、よく考えるまでもなく、フォーマットとしてはほぼ釣りバカ日誌ですよね。けど、この作品のいいところは、社長が味方か敵か判然としないというところです。これがお話のエンジンとして実によくきいてる。
 それとですね、これは「あえて」ラノベにしたということの利点だと思うんですが、俺みたいな、サラリーマン社会まったく知らない人間いるじゃないですか。で、そういう人間が島耕作みたいなやつ読んでも、これは最初から企業の論理の内部で動いてるから、俺からすると「よくわかんない世界」の話であって、そこにリアリティはないんですよね。はあそうですか的な印象になってしまう。
 この作品では、主人公が「バイト上がり」であり、かつ一匹狼で「企業の論理に染まらない」っていう前提で動いてるので、サラリーマン社会を外部から描写することができる。俺はその視点を借りて「まじかーサラリーマン社会こえー」って思うことができる。ここが俺にとってはおもしろいところですね。悪役のあまりの戯画化はさておき「バブル世代」ってのをわかりやすいかたちで提示してくれたのもおもしろかったなあと思うあたりです。
 サラリーマン社会に外部の論理を注入するって意味では、たとえばサラリーマン金太郎みたいな作品がそうなんですけど、あれはなんかこうちょっと、注入されたものが本宮ひろ志なのでよけいにワケがわからなくなるみたいな部分あります。そこ行くと、ラノベ的にはちょっとなあと思える主人公でも、俺にとっては「まだ」理解がしやすい。そこらへんがおもしろかったです。

 あと俺は前作の俺の彼女と幼なじみがなんちゃらってやつ、序盤で読んで挫折してるんですけど、これ後半になるにつれおもしろくなるらしいじゃないですか。そもそもがスロースターターなんでしょうね、この作者。