「バカ」という呪い

 今日高校生に仕事教えてて悪戦苦闘したんでその話を書いてみるつもりなんだが、風が強くてやべえなこれ。

 んでまー、こっちは教える仕事をずいぶん長いことやってて、そこそこレベルの高いものを作ってきたつもりなんだけども、やっぱり定期的に同じ問題に引っかかる。

 今日は陳列について説明してたんだけども、商品の陳列にはだいたい以下のような前提知識が必要となる。

・きれいに並べる(もうちょい細かいルールはあるが、大雑把にはこう)

・1列あたりの個数は(場所によって異なるけど)3個とか4個くらい

・棚に隙間をあけない

・棚ごとに決まったテーマ

・隣りあった商品の関連性

・棚の上下との関連性

 まずこんなところである。大雑把にいうと、上記の点をまとめて「陳列のためのルール」といってもよい。ゼロからイチを生み出すタイプの仕事でもない限り、暗黙にせよ明文化されてるにせよ、とにかくルールはある。暗黙のルールとかろくなもんじゃねえので、ルールは明文化されていたほうがよいので、可能な限り明文化する。

 しかしものごとなんでもそうであるように、単純にルールを明文化してルールどおりやればそれでいいということはない。複数のルールが相互に干渉して、どっちを優先すりゃいいんだとか、めんどくさいことが多々起こる。運用にあたって複雑化したルールってのは、実際は無限の分岐みたいなもので、そのなかの正解を辿るのは、最終的にはカンとか経験みたいなもんが頼りになったりする。

 陳列なんかだと、ルールは比較的シンプルである。なんだけど、商品の数そのものはけっこうあるので、実はあんがい複雑である。もっとも複雑っつっても要は「売れりゃいい」ので、やらせてなおす、やらせてなおすの繰り返しで「体に覚えさせる」というやりかたも有効だったりする。

 んだけど、単純に俺がそのやりかた嫌い。教えるほうも教わるほうもめんどくせえから。

 しかしこの教えかたなんだが「勉強できない」タイプを相手にすると、かならずうまくいかない。ルールってのは、公式みたいなもんである。なら運用ってことになるわけなんだが、勉強できないタイプってのは例外なくこの「運用」ができない。

 なんのためにルールってもんがあるかなんだけど、それは「基本原則を覚えておくと、応用がきくから」である。しかし勉強できないタイプには、この「基本原則」とか「ルール」といったものが入っていかない。xとかyとかの変数の「変数」という概念そのものが理解できない感じ。いってみれば「りんご3個とりんご2個」の合計数を求めるにあたって「+」という記号が理解できない感じの現象が頻繁に起こる。

 要は抽象化って話なのだが、そこで躓いてる人間がけっこう多いらしいのだ。しかし何度も言ってるとおり、陳列のためのルールは複雑ではない。なにより「商品」という現物が目の前にある。最終的には教えることができる。しかしその過程で「ルールを理解する」「商品の属性を判断する」なんかの「自分で判断する」という部分がどうしても入ってきて、これをわかりやすい言葉で表現すると「考える」ということになる。わからないことがあったときに、過去の経験や学習からの類推なんかを経て「なるほど、わかった」に至る過程だ。

 勉強できないタイプは、この過程をめちゃくちゃいやがる。なんでいやがるかというと自称が「バカだから」である。

 この「バカだから」という呪文はほぼ万能だ。完全なる思考停止に至る万能ツールである。一種の処世術といっていい。俺の見る限り、完全なバカというのはむしろ探すのが難しい。だいたいの場合は、周囲の環境が、その子がバカであることを許容したか、あるいは強要したかのいずれかである。考えれば到達できる、あるいはそうしなければ到達できない場所にあるものが「バカだから」のひとことで存在しないことになる。こんな便利なことはない。

 このタイプに対する俺の対処法はいくつかあるのだが、基本は「いまおまえがわかっていないものは、おまえにとっての苦手教科である。よくできている仕事は得意教科である」と並列すること。そして「残念ながら苦手教科の存在は金もらってる以上、許されていない」と伝える。「なので、わかるまで諦めない。残念だったな」ということである。自慢ではないが、俺は異常にしつこい。

 そんで次に「わからなかったらすぐに説明を止める」ことを要求する。このタイプは例外なく「質問するのは悪いこと/攻撃されるきっかけになること」と思ってるので「質問しなければ俺は不機嫌になる」と伝える。最初はどうでもいいような質問をしてくる(あたりまえだ。脅されてるんだから)のだが、質問をすると俺が機嫌よくなると判断すると、だんだん「わからないことを質問する」という姿勢が身についてくる(3ヶ月とかかけてな……)。

 

 ただこれはもう、ほんとに長年思ってるんだけど、全方位的に仕事できないとか、完全な無能とか、そういうのってほんっとに発見が困難だと思うんですよ。これはポジティブな発言でもネガティブな発言でもない。現実ってのはそういうもんだから諦めろ的な意味で。あれっすよ。自己評価ってほんとあてにならなくて。

 ぶっちゃけていえば、俺は家でのんびりえろげやるためだけに仕事してるんであって、その仕事に貢献してくれる人間なら、別に犬耳はえてても猫耳はえててもどうでもいいんですわ。それだけに俺にとって従業員ってのは、ただの「仕事する機械」なんですよ。機械だから性格とか境遇とかどうでもいい(実際にはそういうのを把握してないと、ちゃんと働かせられないので、これは原理原則の話です)。機械であれば性能は重要じゃないですか。なので俺は、その人になにができてなにができないのか、ということにものすごい神経質です。そんでこれは絶対に(そう、絶対に)生きてるだけでなにが得意でなにが不得意ってのはかならず発生する。そしてその「得意」が仕事にどう結びつくかは、仕事をやったことがない当人ではなくて、経験のあるこっちのほうが見えるんですよ。なので、俺の仕事は、その人の「得意」と仕事を結びつけること、そして「不得意」を最低限のレベルまで引き上げることだと思ってます。だって、楽して仕事できたほうが気楽に決まってるじゃないですか。人間働きたくなんてないんだし。俺も働きたくねえよ。

 そんでそんな俺にしてみれば「バカである」という呪文で、その人の能力を封殺する環境ってのが腹立ってしょうがないわけですわ。これもう義憤とかそんな話じゃないっすよ。学生バイトを使う俺が迷惑するからやめろっつってんだよ。おまえなに他人を勝手にバカ扱いしてんだよ。自分の子供だからって許されるとか思ってんじゃねえぞ。