わけのわからないものになった

 タイムラインに最近わりとオタク差別みたいな話題が出るようになった。まあ俺は込み入った議論とかそういうのはどこにいてもスルーする派なので、ふーんくらいで通過した。まあ宮崎勤事件によるオタク差別が偽史とまでいわれると「わかった。てめえちょっと80年代に行って少女マンガ買って同級生に目撃されてこい。あと家に帰って親に少女マンガ買ったって伝えることも忘れずにな」くらいのことは言いたくなるわけだが、まあそのへんはすべき人がきっちりと反論してるんだろうし、昔だったらいざ知らず、いまとなっては別に声を上げるほどの義務感はない。

 ただまー、このへんの話題になるとどうしても思うことがあって。以前のブログをご存知の方は、似たような話題は何度か読んだことあるかもしんないですが。

 俺は、70年生まれのオタとしては致命的なことに、あるいは奇跡的なことにと換言してもいいかもしれないですが、ガンダム、少年ジャンプ、ファミコンのすべてをスルーしてるんです。どれひとつとして通過してない。最初のガンダムに関しては、親が絶対に見るなと言ってたし、俺の世代だとガンダムのアニメそのものよりもそのあとに来たガンプラのブームの影響が大きいわけなんだが、俺はそもそもそんなもん作るのにまったく興味がねえ。過去も現在もだ。

 ジャンプについては、俺は骨の髄からの少女マンガ育ちなので「なんか絵が汚い」という印象しかなかったし、そもそもかわいい女の子も恋愛も出てこないもののなにがおもしろいのかまったく理解できなかった。読もうと思えば読める条件はあったはずだが、興味なかった。かろうじてラブコメらしきものは読めたかなーと思ったんだけど、あの時代に出てきた、きまぐれオレンジ☆ロードだとか、キックオフだとか、あと村生ミオだとか、あのへんのはどうにも見てて逆に気持ち悪かった。唯一あだち充だけは読めた。

 ファミコンについては非常に単純で、親にそんなもん買う余裕がなかったし、友だちがいなかった。以上。

 

 で、そのまま時間が過ぎるとどうなるかというと、オタクの仲間にも入れてもらえない。なにしろ、上述の三大要素はオタクとしての基礎教養に近いからだ。俺の世代ではことにそうだと思う。興味なかったんでしょうがないんだが、仲間に入れてもらうために自分が好きじゃないものを見聞きするという発想も俺にはなかった。なるべくして一人オタとなったわけだ。

 なので、オタク差別みたいな言説を見たときに俺がまっさきに思うのは「俺のことを理解しなかった人間はすべて敵であり憎悪の対象」というようなことである。実際、俺が長年にわたって文章を書くモチベーションを維持しているのは、このへんのことが大きいと思う。とにかく俺はあらゆるコミュニティに所属したことがない。人生ではじめて所属できたコミュニティは、自分でサイトをやるようになって、そこに集った人々とやりとりができてからだ。俺のほとんどすべての人間関係はインターネットに由来する。

 インターネットでも原則として俺の振る舞いは「身内」と「外」を明確に分ける傾向が強い。以前のブログの影響力があればもっと交友関係を広げられたことはまちがいないのだが、結局のところそれをしなかったのは「自分が身内と決めた人間の外側には絶対に出ない」というのがあったからだと思う。

 

 んでまー、このへんの話題が出てきたタイムラインを眺めてるうちに、不意に思い出したことがある。

 俺は、現状定義としては「オタク」という人種でいいと思うのだが、じゃあ昔はなにになりたかったんだろうと。

 これはかなり早い時期から明確だった。十代の後半にはもう考えていたことがある。どうせ俺はとこにも所属できない。この先もそうで、俺の将来にはロールモデルとなるものがなにもない。ならばこのまま「わけのわからないもの」として生き続け、将来はだれも見たことがないわけのわからないものになるのだと思っていた。それはかなり自覚的な決意だった。

 もっともこの決意の背後には多分に「ほら見ろよ。これがてめえらが切り捨てた暗部だ。おまえらが見たくないものを全身にまとって俺は生きてるぞ。汚ねえだろ。臭いだろ。貴様らに危害を与えるために俺は生きてるんだ」というような気分があったことはまちがいない。どうせだれも自分を受け入れないのならば、世界でいちばん醜悪なものになってやろう的な、まあアレである。

 人間というのはまことにおもしろいもので、47歳になると「なってやろう」と思っていたその時点にすでに俺はいたりするわけだ。結婚できたのは完全な予想外だが、とにかくまあ、呼吸するようにマンガを読み、エロゲをやり、原則的に二次元の女の子以外には性的欲求を覚えず、そのまま47歳まで生きた実験体がここにあるわけだ。

 その場所に立っていま俺はなにを思うか。

 自分がいま「わけのわからないもの」かと聞かれると、まあけっこうそうだと思う。しかしそうであることに感慨は別にない。それにだ。結局のところ「わけのわからないもの」といったところで、そうそう簡単に世間様の触手から逃れられるものではない。この年齢になると、単純にいって、立場が人間を作る。その立場が世間様の許す範囲内に収まっていれば、ある日とつぜんセーラー服で職場にでも行かない限り、そうそう常識の枠は越えられない。もっともセーラー服を着ていったところで「セーラー服おじさん」という別の枠も世間には用意されている。特にネットが普及してからは、よほどのものが相対化され、名付けられる。

 つまりまあ、わけのわからないものになったとは思うのだが、なったところで世間様のなかで生きている以上、大したわけのわからなさではない、ということだ。

 なにかになりたい、よいものになりたい、楽に呼吸したい、人は、特に若いうちは生きてるといろいろなことを思う。なりたいのだが、なれないから苦しむ。欲しいものがあっても入手できなければ苦しい。その苦しみというのは、なんらかのかたちで手に入れるか、あるいは諦めるか、代替品で済ますか、まあいろいろなルートがあると思うのだが、俺がこの年になって確実に言えることは「人はいつか苦しんだり悩んだりすることにも飽きる」ということだ。

 俺の場合、信じられないほど粘着質な性格が災いして、生きるか死ぬかで15年近く悩んだ。なんとか死ななくて済むかなーと思えるようになったのは三十代半ばだと思う。これはおそらく懊悩しながら生きた時間の記録としては相当の大記録にあたるんじゃないかと思う。別に自慢しているわけではない。むしろ逆だ。よくそんだけやったなという感じだ。これだけの時間、苦しい呼吸のなかで生きてこれた最大の理由は、単に肉体が頑丈だからだったんじゃないだろうかと思っている。肉体が頑丈なので、最終的にはまちがいなくホームレスでも生きていける。喉が渇けば泥水飲んでも「うんめーーー」とか言いながらごくごく飲んでる自分は容易に想像がつく。こうしたゴキブリのような生命力に対する信仰があったからこそ、俺は半分死んでるような状況でも生きてた。もうほんとにこれだけだと思う。

 逆にそんだけ懊悩しつづけた理由としては、俺はものごとに関して納得するのがものすごく遅い。原則的に他人の助言にはまず耳を貸さない。仕事のやりかたなんかだと話は別なんだけど、こと自分自身と世界との関係については、だれの話も聞かない。なので、自分で自分を納得させるしかなかった。俺が懊悩をやめた時期は、たぶん「これならほっといても死ぬまでわけのわからないもののままだな」と安心できた時期と重なっている。

 

 しかし思うのだが、ものすごい効率の悪い生きかたである。この年齢まで生き延びてきて思うことは、結局のところ人間は憧れとか夢とかあって、なんかロールモデルがあって、それになりたいと願って生きるのが効率いいということである。いやほんと、効率という点では最速だと思いますよこれ。

 俺はよく、自分が物書きになれなかった理由として「めんどくさかったから」というのを挙げるんだけど、そしてそれは実際にそのとおりなんだけど、ま、このブログを読んでる方のなかには単著がある方もいらっしゃるでしょうけども、実際のところ本なんか出すのクッソめんどくせえんですよね。それでもするのは、そのめんどくささを越えてやりたいこと、伝えたいこと、なりたいもの、まあそんなようなものがあるからで、さらにいえば、成し遂げたときの達成感なんてのもあると思うんですよ。

 そんなことは俺とても百も承知で、でもそれをする気がない。なんでかって、そりゃそういうハードルを越えて伝えたいことや、やりたいこと、なりたい自分、そういうもんがいっさいないからですよ。なんにも目指してこなかったんだから。それでまあ、この年齢になって特にやることなくて困ってんですけど。

 まあなんだろ、目標とか理想はあったほうがいいよねーって話ですね。はい。特に結論ないです。ちんこ。