くりぷこ概観

 まだだれも興味ないくりぷこの話を続けます。

 このゲーム、やってない人にはまったくピンと来ないでしょうけど、要は女の子の絵を2枚、人工知能が融合する、というゲームなんですね。内部でどんな処理してるのかはわかんないですが、髪の色ですとか肌の色、あとは目の色なんかで大雑把に属性みたいなのは決まってる。顔立ちとか帽子やリボンの形なんかはどうも人工知能とやらが画像を処理してるんですかね。熱中できる理由としては、予測された結果と実際に出てくる結果が「納得いくようで納得いかなくて、まあよく見れば納得できるが、ときとしてまったく納得できない」という絶妙なラインに設定されてるからだと思うんです。これが作り手が内部に埋め込んだパラメータのやらかしたことならすごいことだと思いますし、人工知能がやってるんだとしたらそれはそれですごいことです。

 やっぱり絵と絵をかけあわせる、融合するということで「遺伝」という比喩を使う人が多いですね。俺もそうですけど。それで、これは結局はゲームのシステムの優秀さだと思うんですが、狙った方向に遺伝を固定させるのが非常に難しい。たとえば俺が執拗にやってる金髪なんていうのだと、タグとして「金髪」ってのが付与されてますんで、そればっかり選んでおけば金髪わくわく王国をつくることはわりと簡単です。しかしですね、

crypko.ai

 この方のように、ねこみみという本来は存在しない属性、たぶんリボンかなんかの変異を耳として形質を固定する、ということになると、かなりの困難が伴うはずです。てゆうかルゥシイさんよくやるよな……。でもまったく固定できないかというとそういうことはなくて、やっぱり何世代もかけて融合を繰り返すと、ねこみみの出やすい血統っていうのを育てることはできる。なんかもう、こうなってくるとすごいですよね、ほんと遺伝のメタファとしかいえない。

 そう、このゲームやってる方で、ひょっとしたら感じてる方もいらっしゃるかもしれないんですが、ロジカルに「こうであろう」って考えて融合の結果を予測するよりも、直感で「この組み合わせならかわいくなるんじゃないかなー」みたいな感じの予測のほうがわりと当たったりしません? まあわりと頻繁には思いっきり直感に反してるどころか褐色とか眼鏡ですべてが終わることはままありますが。

 でも、だとすると、人工知能といちばん親和性が高い人間の認識の方法って「直感」になったりするんじゃないかと思うんですよね。

 これが技術として革新的なことかどうかは俺にはわからないです。というより知識があまりない人間にとって、人間の認識の方法に沿ったシステムみたいなのが実装されると、逆に違和感ないんですよ。それがどれだけ革新的なものであろうとも「そういうもの」として簡単に受け止めることができてしまうので。

 ただ、なんだろ、あらためてなんというか「不思議な時代に生きてるなー」という気はするんですよね。

 新しいということ、革新的であるということ、それがなんであるかは同時代の人間にはなかなか判別しづらかったりもするんですよ。だってPCの画面のなかの女の子見てるっていう経験でいえば、俺はごとPのCG集をコミケで買ってきてローダー付きで見るってところから始まってるわけで。ディスプレーのなかにかわいい女の子の絵があるっていうの自体は革新的だったんですが、じゃあいまくりぷこやっててなにか革新的なのかっていったら、画面のなかに女の子の絵があってそれを見てるっていう点ではなにも変化がないんです。変化があるとしたら、新しい女の子が融合されてできあがることと、いまはツイッター経由ですけど、ソーシャル的な要素は確かにあって、同時進行でわいわい言いながらできるということくらいです。

 ただそれにもかかわらず「あ、これこそが俺がほしかったものだ」という感覚は確かにある。だいたい新しいものってそういうところから始まってくるもんなんじゃないかと思うんですよね。

 

 で、話は逸れるんですけども、俺が思うに、おっさんの役割のひとつって、過去からの流れをよく知ったうえで、新しく出てきたものに対して「正しく驚く」っていうのがあるんじゃないかと思うんですよね。若いうちはなんでも咀嚼できてしまう。咀嚼できるってのは、いってみれば新しくないということです。消化されてしまったら終わりなので。

 これだけいろんなものの速度が上がってる時代です。最近ではマストドンなんかもそうですし、今回のくりぷこもそう、バーチャルユーチューバーなんかもそうですけど、寝て起きたらもう事態が変化してたりするじゃないですか。うかうかしていたらいろんなものが流れ去っていくなかで、出現してきた新しい事態を一刻も早く正しいかたちで定位させてやらないと、どこかに消えてっちゃうんじゃないかっていう不安がある。それは過去にもあったことで、我々の世代(アラフィフですね)ですらも、過去に自分たちが経験したものが捻じ曲げられて伝わっている現場をわりと頻繁に目撃する。

 知識と経験があるものが正しく驚く。これはわりとちゃんとやっとかないと、あとの時代になって「あれはどうだったかな」みたいなのがよくわからなくなる、みたいなことってあるんじゃないかと思ってます。

 まあ別におっさんじゃなくてもやる人はやってるんでしょうけど。