ネトゲ嫁読んでた

 最新刊を買ってすぐ読むことってあまりなくて、そうこうしてるうちにネトゲ嫁が3冊くらい未読のがたまってたんで、1巻から読み直してます。正式名称は「ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?」だったかな。いまぐぐったらそうでした。俺の記憶力もなかなか捨てたものではありません。悲しい。

 まあなんていうか、ラノベどまんなかみたいな作品ですね。1巻から読み直して気づいたんですけど、作者、めっちゃうまいです。1巻からほとんど完成されてるといっていいです。気楽に読める楽しいラノベが読みたかったら、まあおすすめなんじゃないかと思います。

 あ、以下内容ひどいです。

 

 で、正ヒロインにあたるアコなんですが、おっぱいでけえです。おっぱいでけえけどかわいいので受け入れられます。なんで受け入れられるかと思ったら、作中で露骨におっぱいにズームインした描写がほとんどないんですよね。単純に事実としてでけえってのは表現されてるし、イラストはまあ、わりとその筋では有名な方なので、それなりのボリューム感になってるわけですけど、やっぱり俺は巨乳そのものがいやというよりも「それを強調する」というような描写が苦手なんだと思われます。アコかわいいです。

 そうそうそれで最近はなぜかとつぜん「さくら荘のペットな彼女」のアニメなんか見てるんですけど、ましろめっちゃかわいいです。金髪ロング無口無表情要介護同じ学年の女子とか抵抗できるはずないです。てゆうかまあ、うまるでもそうなんですけど、お世話しないとどうにもならない女の子をものすごくかわいいと感じる奇癖があります。手間がかかればかかるほどかわいいです。

 アコもわりと同系列のヒロインです。

 でまあ、アコかわいいのはいいんですけど、どうも俺の執着の矛先は瀬川に向いてるようです。あのポジションがもう最高なんすよ。同じクラスの女子なのに友だちっていうポジション。あれがもう、たまんねーでゲス。

 俺がこの作品を信頼してる理由のひとつが、瀬川の立ち位置なんですよね。読み直すまで気づかなかったんですけど、いちおー6巻くらいまではラブコメ参戦の余地は残してあったみたいなんです。まあこの作品の場合、アコっていう正妻が死ぬほどがっつり決まってるんで、参戦したところでいいことなんもないんですけど。まあ瀬川のほうで主人公に対してある程度の好意があるのはまちがいないところとして、ただそれは「なんでも話せる友だち」としての主人公を失ってまで貫くものでもないわけです。というより、瀬川にしてみれば、その感情を表面化させてあまりいいことがない。本人にとってもそうだし、アコに対しても、主人公に対してもあまりいいことではなくて、瀬川はたぶんそのことを自覚してると思うんですよね。まあ13巻以降読んでないので、そこから先どうなっていくのか知らないんですけども、11巻の時点では、瀬川のそうした感情を、作品が裏切ってない。瀬川をラブコメ参戦させれば、それだけで数冊分にはなりそうなのに、やらないんですよね。いい作品だと思います。

 それにしても主人公と瀬川の関係はたまんねーですね。俺は確かにアコがめっちゃかわいいと思うんですけども、同時に主人公ではないので、瀬川に好意を持っても問題ないわけです。すると、背とかちっこくてすごいかわいいのに「友だち」のラインを越えない同じクラスの女子というものに自分がものすごい執着を抱いていたことに気づいたりする。恋愛関係じゃなくてもいいんですよ。バカなこといって、いつまで一緒にいても飽きなくて、性別の意識とかあってもいいけど、単に「そういうもの」でしかなくて。でも、ふとした瞬間に、たとえば並んで歩いてたら瀬川のつむじとか見えちゃって「そういやこいつも女子なんだよな……」とかでふと意識しちゃったりするじゃないですか。その「あれ?」っていう恋愛未満の違和感みたいなもの、それを睾丸いっぱいに吸収したいんですよ。

 で、そうこう考えてるうちに、友だちのぱんつってすごい概念なんじゃないかと思えてきました。友だちなのに女子なんですよ。すごいじゃないですか。ハブニング顔騎めっちゃされたいじゃないですか。それまで友だちだと思ってたのに顔騎の一発で世界観が裏返るわけですよ。それで家帰ったら死ぬほどオナニーするじゃないですか。するんだよ。わかれよ。そして死ぬほど後悔して、翌日学校で会ったら気まずくなって、なんとなく友情に亀裂が入ったりして、いつのまにか距離ができて、気がついたらその女子に彼氏とかできてんですよね。もうなんか、血の底に叩きつけられたような絶望的な気分になりながら、5年後もそのぱんつの思い出でオナニーしてんですよ。あのとき言っておけばよかった、もっとやりようがあったはずだとか後悔しながら。

 というところまでワンセットで妄想なんですけど、そもそも俺の学生時代には、とつぜんの大雨で濡れてしまったブラウスの下に透けて見える瀬川の細い体のラインでだいこうふん、みたいなイベントすらなく、つまり5年経っても執着オナニー、というようなイベントすらもなかったわけで、そのことじたいが、いまだに俺をこうしたラノベだとかエロゲだとかそういうものに執着させているような気がしないでもないです。

 とにかく俺の「同じクラスの女子」的な存在に対する執着はかなりひどいものがあって、俺ガイルだとガハマさん、ということになるわけです。そんなにおまえはガハマさんが好きなのかと問われると、圧倒的に小町かいろはす派なんですが、同じ空間に俺が存在していたとしたら、オナニーは圧倒的にガハマさんでする。ただし使用済みのうわばきが入手できるならガハマさんよりいろはすのほうがいい。もう俺の基準がだれにも伝わらない感じがある。くつしたなら小町のが欲しい。

 ……というようなことをここ数日考えていてふと思ったんですけど、俺が寝取られ系の作品をスルーしつづけたのって、ある意味で奇跡のような気がします。

 なんていうんですかね、関係性において、たとえば妹とか後輩とかは、それを補強する担保みたいなものが(幻想とはいえ)ある。それが俺の妹キャラへの執着の理由なんですけど、その担保がない同級生だと「最初から手に入らない」が前提になってるんですよ。それゆえ執着のしかたがおかしな具合に捻れてるんじゃないかなあと思いました。

 同時に、この年齢まで俺がオタ系の作品に執着してられるのは、30年近くにわたって積み重ねた圧倒的な欠落が原因なんじゃないかなあと思います。