ネトゲ嫁17巻

 最新刊読みました。ネタバレなので未読で読む気のある方は回避。

 どうでもいいけど、感想書くときに、著者のエゴサだけが怖いんですよね……。何度か言ってることなんですけど、俺はよくも悪くも書いてる人に自分の存在を検知されたくないのです。以前は検索を殺す設定にしてたこともあるほどに。かといって、検索エンジンから外すと、今度は感想を求めてる人の場所には届かない。めんどくさいことです。

 というわけで、空行がわりに文章で埋めました。

 さて、長い作品にしかなしえないことってのがあると思います。今回の新作はまさにそれでした。

 今回、瀬川回だったわけですが、瀬川ってキャラに関して説明すると、まず「男どうしの友情」みたいなものに憧れてる部分がある。で、その裏返しとして「女としてのめんどくささ」みたいなものを忌避してる部分がけっこうあるんだけど、おそらくそのへんはわりと無自覚の領域。「自分がそうはなりたくない」という意味では自覚的なんだけど、他人のそういう部分にはわりと寛容、みたいな。

 そのうえで、負けず嫌いであり、かつ体がちっちゃいということで、そのへんはコンプレックスだったりするんだけど、かといってそこに折り合いつけるだけの強さとか前向きさみたいなものもある。おそらく著者もそのつもりで書いてると思うんですが、友だちとして「すごくいいやつ」なんですよ。

 この初期設定を考えた時点で、著者がどれだけ自覚的だったかはちょっとわかんないです。キャラの行動とか心理の描写において、相当にブレがなく正確な著者なので、おそらくは念頭にあったと思いますけど。

 そんで、設定上の縛りですね。この作品ではアコっていう正ヒロインは最初から(たぶん最後まで)絶対に揺るがない。ハーレム的な描写を入れるつもりもない。で、この縛りのなかに瀬川ってキャラを入れるとどうなるか、と。

 よい小説って、ある意味でキャラを実験動物のように扱うところがあって、今作における瀬川の言動は、まさに実験動物としてブレがないです。もちろんここに至るまでには積重ねってものがあって、それは、瀬川が主人公に好意を抱いてることはわりと自明なのに、それを表立って言う気は絶対にない、ということです。そうしたなかで、主人公と瀬川の関係というものを何冊にもわたって積重ねてきたからこそ、今作における瀬川がひときわ輝くわけです。

 まあいってみれば、瀬川のポジションって、あの夏で待ってたりするアニメの青い子にあたるやつなんですよ。同じクラスの女子で、片想いで、報われることがない。あのアニメやってたころは、俺はもうちょい観測範囲が広いタイムラインにいたんですが、いやもう、なんていうか、ひどかったですね。全員とはいいませんけど、かなりの人間が青い子の不憫さに雪崩を打って死んでいく感じで、俺たちはなぜそこまで報われない片想いをする同じクラスの女子が好きなんだと。それはね、学生時代に報われたことがないからだよ、という真実を言うと、俺を含めて周辺数クリックの範囲の人間が全員死ぬといいます。

 青い子との比較でいうと、瀬川が違うのは、もう腹が据わってることなんですよね。この作品においては、アコっていう正妻が揺るがしようもないくらい固まってるので。いわばその状態から瀬川とルシアンの関係は始まってるわけです。だから好きになってもしゃーないという前提なんだけど、にもかかわらず好きになってしまう。瀬川がルシアンに対して恋愛感情を抱いてるっていう描写は作中で一度もないですが、まあセッテさんあたりの言動から、公式設定と見ていいでしょう。

 瀬川のアンビバレンツは、ゲーム内ではルシアンとシュヴァインは「相棒」であって、その関係性を瀬川自身が気に入っていてだいじなものだと思ってるっていうことです。それを崩す気がないのは瀬川の意志であり、実に筋が通ってて強い子なわけですよ。だからといって思うところがなにもないではない。それが今作では、あのデートのシーンであり「アコには負けたくない」という態度です。自分を強く制御しているだけあって、瀬川自身に逃げ場というか、隙間みたいなものがないんですよね。その隙間をうまくかいくぐって描写してきたあたり、著者の手腕が光ります。

 うまい作品って、描写にダブルミーニングというか曖昧な部分をもたせるんですよ。説明ではなく描写です。物語であることの強みってそこにある。あたりまえなんですけど、人間の内面はシンプルじゃないです。でも行動は、一度にひとつのことしか選べないじゃないですか。デートのシーンにおける瀬川の内面ってかなり複雑で、その複雑さを説明したってしゃーない。だからデートのシーンにずっしりとした比重がかかるように物語が構築されていく。長い作品にしかできないことがあるっていうのはこのへんで、いままで積重ねてきた瀬川とルシアンの関係性があるからこそ、あのデートのシーンが成立するわけです。

 今回、俺が唸ったシーンっていくつもあるんですが、いちばんうまいと思ったのは「やっぱアコが居る方が落ち着くわね」っていう瀬川のセリフです。もうここに集約されてる。説明するのも野暮ですけど、瀬川はアコを裏切る気は毛頭ないわけですよ。けどそうはいっても、ルシアンと二人きりっていう状況では、抑圧してたものが蠢動を始めるようなよくない感じがある。アコがいれば、諦めはつくんです。おそらくそれは諦めというよりはもうちょっと前向きな感情ではあるんですけども。

 そしてさらに唸らされるのが、ルシアンのモノローグとして「確かにアコが居る方が落ち着くかも」と言わせてるところです。これはもう、瀬川の幸せを祈る立場の人間であれば、壁に頭突きしたくなるようなところですね。ま、ルシアンとしては、瀬川に恋愛感情を抱いてないというのは、裏も表もなく真実なんですよ。だから二人きりの状況が落ち着かないんだとしたら、それは瀬川の側の態度が妙だからなんですね。そうではあるんですが、ここで「もしアコが存在しなかったなら」ということをどうしても考えてしまう。早い話が脈アリなんですよね、ルシアンの側からしても。このへんの扱いはほんとに微妙なところで、その微妙なところをこういうスレスレの描写でうまく乗り切った著者の力量には感嘆します。どう考えてもアコより瀬川のほうがいいじゃん……。いや、俺は別にアコが嫌いなわけではなく、むしろ好きなんですけども、そうはいっても、考えちゃうじゃん、これ。もしアコがとつぜんいなくなったらどうなるんだみたいなこと。なんかあれだよね、瀬川だと変に意地になって「アコを裏切るような真似はできない。たとえここにいなくても」みたいな感じで結局はなにも起こらないような気もすんだけど。

 

 とりあえずあれだ。アコとルシアンがいちゃいちゃしてるときの、瀬川の諦めとも憧れともつかないような、微妙な苦味のある感情を缶詰にしたら死ぬまで食い続けるなあと思いました。不意に二人きりになっちゃったときとか、うかつにルシアンのことを目で追っちゃったあととかの気分の切り替えの瞬間とかを切り取ってパウチにして朝から晩まで眺めたい。この17巻にいたるまで瀬川がついたため息の回数を知りたい。そのため息をボンベにつめて俺の体内に注入したい。オチがつかない。帰ったらアニメ見よう。結局まだ見てないんだよあれ。