ワンコとリリーやってます

 なにを思ったか2018年にとつぜん「ワンコとリリー」を始めました。いや、ダウンロード販売がDMMで始まったしとりあえず買っとくかなーくらいの感じでかなり前に買っといたんですけど、どういうわけか今日、気が向いてとつぜん始めた。

 どこかで選択肢ミスったのか、ロックかかってんのかはわからんですが、とりあえず汎用と思われるエンディングに到達したとこなんですが、うかつに続きやると自分が破壊される可能性があるので、続きをやるかどうかいま躊躇してるところです。

 てゆうかエンディング曲が「散歩日和」だって知らなかったんですよ。曲じたいはえらい好きで、以前に買ってあったんですけど。この流れでエンディングにあれかかったら死にますってまじで。以下、感想というか雑記みたいな文章になる予定です。

 

 えーと、女の子がわんこだったりにゃんこだったりする作品はわりと好きで、というより俺はヒロインが人間じゃないとだいたい安心するところがあって、ロボットだったりするということないんですけど、まあ別に犬でもいいかなーって。ただこのジャンルの作品「わんことくらそう」っていう特大級のアレ踏んじゃったこともありまして、どうにもディストピア感を勝手に感じ取ってしまうんですな。

 しかしまあ、そこはライターさんの傾向もあるしだいじょうぶだろうと思ってたんですけど。じゃあおまえどんだけこのライターさんのこと知ってんだよと思ってよーく考えてみると、水月しかやったことねえよ。ほら、一時期CUFFSの作品って基本プレミアついてたじゃないですか。それでまあ、どうせおまえみたいな人間はあそこのゲームはやっとけって周囲からけっこうすすめられたんですけど、この価格はちょっとなーと二の足踏んでた部分もありまして、結局水月だけだよ。

 ただそれはそれで警戒するとこはあったんですよ。なにしろあの雪さんのシナリオ書いた人じゃないですか。俺は「閉じていく」関係って基本的に大好きなんですけど、閉じていく関係って基本やっぱりどうにもならないじゃないですか。閉じていくんだから。そこをきっちり描写しきったという点で、雪さんシナリオには相当にぶっ壊されたんですよね。余談ですけど、ヨスガの穹なんかもとうぜん好きなわけですけど、あれは閉じるかと思ったら、最後ぱかーんって開いちゃったじゃないですか。あれが唯一の不満点。

 

 で、この作品の話に戻ります。

 えーと、あきらかにおかしい点がいくつかありますね。

 まず、この設定と内容で書こうと思ったことじたいがおかしい。これは完全におかしいです。こんなん気が狂ったような力量が必要じゃないですか。まあ、汎用のなにも起きないエンディングだったってこともあるかもしれないですけど、それでも読みものとしてきちんと完結してるのには呆れました。渡辺淳一だったか吉行淳之介だったか忘れましたけど「タバコを買いに行って戻ってくるだけでも小説が書ける」というようなこと言ってて、昔はあれ意味がわかんなかったんですけど、要するにお話ってA地点からB地点までの移動じゃないですか。物理的なことだけじゃなくて。時間とかも含めて。

 要は「生きてる」っていうことは変化なので、その変化のどこの断面を切り取るかって話で、そう考えるとスタートとゴールの落差は大きいほどお話を作る側としては楽なわけです。そこで行くと、このお話って、スタートとゴールの差が非常にわずかしかない。しかもその過程は「散歩」ですよ。散歩だよ? こんな不便な状態を使ってお話を作ろうと思うことじたいが、なんかもう頭わいてるとしか思えない。

 あと、女の子が純粋にいぬである点ですね。個別に入ったらどうなるかは知らないんですけど、これ最後までいぬのままなんじゃないかなあ……。そこをどう料理してくるかは今後に期待します。

 あとそうだな、強烈な違和感あったのは、これお話本体が後日談であるという点です。おそらく共通で提示された問題点は個別である程度は回収されるんでしょうが、でもすでに「終わって平和になってる」ところからスタートしてる。これもたいがいどうなんだと思った。

 最後に、このお話がエロゲである点です。これはまあ、しゃーない。

 しかしなにが怖いって、これらのおかしい点を数多く含んでいながら、全体としては「こうでなければならなかった」というふうにしか思えない点です。

 

 でまあ、以下個人的な話になるんですが、このお話が持ってるだろうテーマみたいなものに徹底して弱いんですよね。昨日より今日は幸せで、明日はきっと今日よりもよい日だろう。そうやって、歩いていくのだ、みたいなのに。

 ちょっと具体例が古くて申し訳ないんですが、Kanonでいちばん好きなキャラが真琴であるにもかかわらず、いちばん印象に残ってるのが名雪ルートである理由がこれです。あれは要するに「いろいろあったけど、明日からは一緒に歩いていく」というのを引き伸ばしたお話なわけです。これがもう、弱すぎる。脆弱性です。まあ人はだいたい自分が得られなかったものを欲しがるものなので、まあそういうことなんだとは思いますけど。

 そういう意味で、わりと自分にクリティカルな打撃を与えてきそうで、この作品、ちょっと続きをやるのが怖いです。得られなかったものを得るために読む。フィクションには確かにそういう側面があるんですけど、同時に「そこにある」ということは「ここにはない」という事実との対面でもあって、それゆえ、あまりに好きな作品があった場合に、人は半分死んだりもするのです。