快適な時代

 またぞろ喫煙関連の話題を読んでて、これについては俺のなかでもう「少数派になったら殺られる」ということで結論は出てて、それ以上に書くことがあまりない。厄介なのは、喫煙者に対するバッシングの多くが生理的な嫌悪感に根ざしていて、そういうものはそう簡単に変えられないよねってこと。

 マナーのなってない一部の人間が、そこに属する多数派にでっかい迷惑をかけるっていう図式も、別に喫煙問題に限ったことでもない。てゆうかあれ具体的には「どこでも吸えた」時代の年寄りが圧倒的に迷惑なので、何度も言ってるとおり、あれはもう死ぬの待ち。あいつら死んだらかなりましになるから。あと、害があると現時点で明白になってるものがどこでも買えるってのがまちがいもいいとこなので、販売は全面禁止かかなり厳しい許可制にすべきなのに、タバコ免許ってコンビニ業界からの強い要請かなんかしんないけど、昔よりガバガバなんだよね。距離要件もあってないようなもんだし。害があるとか人に迷惑かけるとかそれ以前に「ふつうに売っててふつうに買えるものをふつうに消費してなにが悪いんだよ」というのはまちがいなく言える。ただ使いかたってものがあるので、たとえばライターそのへんで売ってるけど満員電車のなかで使っていいのかっていったら、そりゃだめじゃん。その「使いかた」の問題で、特に世代間で温度差がかなりあるっていうのがまずい。

 でまあ、このへんはたぶん歴史上何度もあったことで、俺はまあ「そういうもんだよねー」くらいにしか思わない。喫煙者である俺は行動を大きく制約されるわけなんだが、もともと俺は自分の言いたいことややりたいこと、人間関係のあいだにおける振る舞いなんかにおいて多大に問題ある人で「他人が近くにいる=もう無理」みたいな側面があって、そこに喫煙って行為が加わったところでいまさらなんすよ。この先、もっと社会は窮屈になっていくだろうし、ターゲットを見つけて差別しあう遊びで人が死んだりするかもしんないですけど、全体としての被害でいえば、窮屈になったぶんは治安がよくなってるはずなんで、いかに自分が殺されないようにするのかだけが重要なことです。

 

 という俺みたいな人間にとっては、自分の部屋という密室がいちばん快適な場所になるわけなんですけど、実は密室における自由度って昔とくらべて飛躍的に高くなってるんすよね。友だちはパソコンっていう箱のなかにいるし、ほしいものはアマゾンですぐ買えるし、なにより布団に寝っ転がったままマンガの続きだって買えて、すぐ読める。どこで炎上するかわかんないっつったって、そんなんたいていの媒体で鍵かけられるんだから、引きこもってりゃリスクは最小限でしょ。

 とまあ、基本的には「ひとりで過ごす」ことに最適化してる俺のような人間にとって、外にいるときの自分さえ殺してしまえば、あとは快適な時代なんすよね。俺が快適ってことは「俺のような」人間たちも快適になるように世のなか動いてるってことじゃないですか。じゃあみんなひとりで過ごしたいんですよ。なんで、そこでのテーマは「殺される側の自分」をどんだけ最小化するかです。

 ま、それが多くの人にとっての幸福であるかどうかは知りません。幸福は義務であるらしいですが、家じゃ小3女児ぱんつでイッちゃえって命令するエロ漫画読んでオナニーしててもだれも文句言わないです。文字どおりのいい時代だと俺は心から思ってるんですが、みなさんはそれでいいんですかね。俺の知ってる限りでは「ふつう」の人たちって、もっと他人との関係を希求してたと思うんですけど。