快楽に奉仕させる

 仕事の空き時間ができたのでなんか書く。

 このあいだまでずっと転スラの原作読んでまして、というのもアニメの1話だか2話見たら「これは絶対に原作おもしろいやつだ」って確信して、続きが気になってしゃーないので原作買って読んだらすごいおもしろくて最新刊まで全部買った。おもしろかったです。

 要するにこの小説「長くておもしろい話」の条件のほとんどを満たしてるんですよね。スケールがでかいこと、にもかかわらず物語の運命は少ない登場人物に集約してること、パワーバランスの設計がしっかりしてること、使い勝手のいい大嘘の体系がしっかりしてること。などです。

 ただ既存の「長くておもしろい話」と決定的に違う点がありまして、それは主人公が凡人であることです。基本的にお話ってのはある程度は主人公に依存するものなんで、長いとなると、主人公にはなんらかのテーマなり課題があったりするのがふつうです。もちろんこの小説の主人公にもそれはあるんですが、なんというか、主人公自身のテーマではない。

 こういう雰囲気とか、あとなにもかもトントン拍子に進むところとか、これなんかに似てるなーと思ったら、子供のころになんかのまちがいで読んで記憶の片隅にあったサラリーマン小説ですね。主人公のメンタルも、その周辺の組織も、基本的には会社の比喩で成立してると思いました。まあこんなのは俺がいわなくてもさんざん既出だとは思うんですが。

 で、俺としては以下の二つの条件を満たしてれば、内容がどんなんであろうとだいたい読みます。

・お話がおもしろいこと

・かわいい女の子出てくること

 今回は、ミリムがよいです。ストーリーのおもしろさはいうまでもありませんので、これで条件は満たされました。続刊も買います。アニメに早くミリムが登場しないかなあと心待ちにしています。食べものでつられるちょろいロリ魔王様最高です。のわりに異世界魔王なんかは途中で放り出してるんですけど。

 

 で、それは別にいいんですけども、読んでる自分のほうが変化したなーと思うポイントがありまして。それが気になったので文章を書いた次第です。

 お話がおもしろいとなんでも読むっていうのは基本的に昔から変わらなくて、それはたとえばディアスポラみたいな作品でも「おもしろい」という意味で完全に同じ読みかたです。作者のストーリーテリングの技術に愚直に反応しているともいえます。

 ただ熱中するとなると話は別で、俺の場合、かわいい女の子の存在は絶対不可欠です。で、昔からその傾向はあったんですけども、お話を読んでて「気に入ったキャラ以外はみんな空気」みたいな読みかたするんですよね。今作だと、ミリムが気に入ったらミリム以外はみんな目に入らない。

 これいいとか悪いとかの話じゃなくて、年くってくるにしたがって「なんのために読むのか」みたいな部分が否応なしに明確になってしまったからなんだと思います。子供のころから連綿とそうだったんだけど、肝はそこであると。選ぶ技術や読む技術が発達した結果、その肝だけを摂取するようになる、というような。

 似たようなことは音楽でもあって、俺わりとコード進行とハーモニーに支配されてる人間なんですが、その好みのコード進行さえ出てくれば、だれが歌ってても演奏しててもどうでもいいみたいな感じが強くなってきてる。音楽を通じて俺が摂取したいものは「それ」なんだと。「それ」さえあればほかのことは細かい問題なんだって感じです。

 まあ実際はそこまで明確に割り切れてるもんでもないんですけど、傾向としてはそうなってきてる。

 現在でも俺は、音楽にしろ小説にしろ、たぶん平均よりはかなり読むほうだと思うんですけど、その読みかたは「未知のものと出会う」というよりは「自分の快楽の体系に奉仕するものを探す」というふうに変わってきてるのではないかなーと。

 まあこのあいだ書いた「欲望」の話ではないですが、こうした快楽への欲望は俺はだいぶ強いほうで、探すのをやめる気配はないです。