東京行ってきた

 最近もうとにかく暇さえあれば長距離フェリーの内装とか見て地図見てずーっとどっかいきてーもう俺は女児の部屋のドアノブを覆うちっちゃなくつしたに生まれ変わるんだーみたいなことばっか言ってて、これじゃいけないと思って貴重な休みをつぶしてどっかに行くことにしました。前日の21時に仕事が終わって翌日が一日フリー、そんでもって休みの翌日は昼から仕事に行けばいいので、日帰りというにはやや強行軍のスケジュールが組めるわけです。この48歳の肉体以外は。

 んでまーいろいろ考えました。新幹線で竹原まで行ってぼっての幻影を追いかけて、そのあと宿に入ってたまゆらを見て「娘でオナニーをするなんて、俺は……!」とだめなお父さんをやるプラン、深夜のうちに東京まで移動して伊豆大島に行ってちょっと散策したら高速船で戻ってくるプラン。まあいろいろ考えたんですけど、ひとまずとにかく乗り物に乗りたかったというのがあったので、東京まで出て、翌日は一日都バスの一日乗車券でひたすらバスに乗る、というプランにしました。名目は初詣だったはずなんですが、肝心の初詣は忘れて帰ってきました。

 

 仕事をぎりぎりで終えてなんとか電車に飛び乗って、浅草で宿を取ろうかなーと思ってどうせ飛び込みでどうにかなんだろと思ってなんとなく予約サイト見たら浅草にカプセルホテルはないそうです。ちなみになぜカプセルホテルかというと、東京への到着が24時近くになるためちょっとまともな宿には泊まれそうにないかなーと思ってたからです。快活クラブでもよかったんですけど、さすがにあそこで熟睡することは48歳の肉体がそれを許しません。なんでまあ、東京で、できるだけおしゃれじゃない場所で宿泊を、と思った結果、上野にカプセルホテルが見つかりましたので、そこに泊まることにしました。

 山手線に乗って上野着。

 あれが22時半くらいだったでしょうか。晩メシ食ってなかったのでなんでもいいから食おうかなあと思ってたんですけど、この時間に松屋が大混雑しておって、でもなあコンビニはいやだなあ、できればどこかで食べたいなあと思って、この時間にもかかわらず煌々と光が灯っている通りがあったので入ってみたらものの見事に風俗街でして、なんかこう、ベンチコートっていうんですか、あれを着たあまり治安のよろしくないお兄さんたちが大勢おりまして、んでまあ俺ときたらワークマンで買った上着にどうでもいいショルダーバッグというスタイルで、治安が悪いというかむしろ民度が低い外見ですのでそういう場所に紛れ込んでもなんら違和感はないはずで、なにかどうってこともありませんでした。

 ところで風俗街というと、高校生のころに北海道に行ったときのことを思い出します。あれはもう30年前になるんですかねえ。現在でいうと年確なしでタバコが買えること確定の老けた外見だった俺は、よく知らなくてすすきのに迷い込んでしまったんですが、そういう俺に次から次へと呼び込みの人が声かけてくるわけですよ。バカ正直に「拙者高校生につきて風俗は無理♡」などと答えていたら「バレやしねえって」などと言いつつそれでも呼び込もうとしていたあたり、実におおらかな時代でありました。ああ昭和に戻りたいなあ、なんて言うわけねえだろだれがあんな時代に戻りたいかよクソが。

 でまあ、そこ行くとなにかと世知辛いご時世になったのは確かなようで、その風俗街ではずーっと街頭スピーカーで「呼び込み行為は禁止されております」「呼び込みは無視してください」とがなりたてており、どうせがなりたてるなら素人の警察の人が録音したようなやつじゃなくて日高里菜の声にしてくれよとか思いましたが、それはそれとして焼肉以外食えるものもなさそうで、遅い時間帯の風俗街でひとりで肉焼いて食うのもなんかなあと思いましたので、せっかくだから富士そばにしました。

 いやー富士そばなんか好きなんすよね。こちらと田舎暮らしで都会に行かないと食えないってのもありますし、なにしろ店内に入った瞬間に流れてくる演歌と店内の雑然とした雰囲気。およそおしゃれであることをかけらも要求されないあの雰囲気のなかで、きょうび牛丼屋でもそこそこのカレーを出してくるご時世であのバッタモンくさいカレーを食う。俺はそういうのが好きです。などと言いつつ安心のカレーセットを食っていましたら、なんか相撲取りの人たちが入ってきて店内が異空間になって居心地が悪くなりました。

 なのでさっさと食って出て、目的のカプセルホテルを探して入りました。

 ホテルは、なんかちょっとグレードの高い部屋っていうかスペースっていうかそういうのにしました。なるほど、座っても頭上に充分に余裕がありますし、ベッドのスプリングも、ニトリの安いマットレスにニトリの安い敷布団である自分の家よりもなんかよほどに寝心地のいい感じで、まあ空調が効きすぎているのはご愛嬌なんですけども、それ以前に横になったら目に入る場所にTENGAの広告がべったりと貼ってあるのはどうなのか。天井からぶら下がっているAQUOSの高画質でアダルトビデオを見て励めということなのか。残念でしたー三次じゃ抜けませーんとかいう以前にこのカプセル内において、過去何十億、何百億とない孤独な精子がTENGAの内部で壮絶な孤独死を遂げていたのかと思うとやるせないっていうかなんか横になるのやだ。

 このときはもう風呂に入るのもめんどくさくなっておりまして、朝に風呂に入ればいいやと思っており、でもまあはてなじゃ人権ない喫煙者だからね、タバコだけは吸っておこうかね、などと思いつつ喫煙室を目指します。喫煙室の前にはコインランドリーが置いてあって、その前におっさんが立っていました。おっさんはその場で上着を脱ぎ始め、ああ、自分の着てるものもいま洗濯すんのねと思ってたら見る間にぱんついっちょうになるというダイナミックエクストリーム脱衣を決め、荒野に立つ冒険者のごとく腕を組んで遠くを見つめていました。いいから備え付けのガウンとか着ろよ。俺は上野には自由があるんだなあとしみじみと思いました。

 自分のスペースに戻って、明日は朝はやくから行動するつもりだったのでさっさと寝たいところなんですが、ふだんが午前5時くらいまで起きてる生活なので、すぐには寝れない、んじゃ本でも読むかと思って、俺もおまえもみんなちょろいみたいなラノベを読み始めました。読み始めてすぐに、かの名作「はつきあい」をも超越する怒涛の気恥ずかしさに悶絶を開始し、これはもういかんと、んでまあ作者がエロゲのライターだったのは知ってたんですけど、俺、エロゲやるときに徹底してスタッフを気にしないほうでして、あらためてぐくってみたら「こいびとどうしですることぜんぶ」のメインライターでした。ああ、そりゃ死ぬわ。

 あの作品、内容はあんまり記憶に残ってないんですけど、とにかくやって最中に「やめろ、俺に銃器を与えるな。だれも殺したくはないんだ……!」みたいな気分で一気に読了してしまい、そこからしばらく立ち直れなくなった。まあ内容といっても「こいびとどうしですること」を「ぜんぶ」やるというだけの内容であり、その密度というか妄想というか、とにかく大惨事だったんですけど、このラノベもたいがいひどいものでした。読み切るまで寝れないわーと思って結局2時くらいまでかかって全部読み切った。

 

 さて、翌朝。

 午前8時くらいに目が覚めまして、意気揚々と朝風呂に向かいます。基本的に寝れれば宿にはいっさいの文句をつけないっていうか、魚介類食えないせいでおよそ出先での食の楽しみがいっさいないタイプの人間なんですが、しいて必要な条件があるとすれば、それなりの規模の浴場があることです。

 朝だし空いてんだろと思ったら、場所が場所でしたね。これから出勤するサラリーマンの人たちとか、なんらかの仕事をこなしてきたのであろうボディになんらかの絵が描いてある人だとか、あと地元のじーさんとかで大混雑でした。なお俺は銭湯とかに入ると包茎の人間がどれくらいいるかカウントするのが趣味なんですが(いやな趣味だな)、最低一人は俺で確定しているとして、それ以外にあんまり見かけないんですよね。日本人男性の包茎率のデータとかよく見ますけど、俺が銭湯で見たとおぼしき数百本のちんこに関しては、包茎率は極めて低いといえます。この日も収穫はゼロでした。

 風呂は混雑してましたけども、ビル街のなかにある露天風呂とかけっこうよくて、仕事の疲れだとかふだんのストレスだとかそういうのがお湯で溶けて流れていくようだなあ、なんならアアアアアとか声出してみようかなと思えるくらいには気持ちよかったです。あと一緒に湯船につかっていた身体になんらかのペイント的改造が施されているお兄さんたちがアナルセックスについて話していて爽やかさが台無しだ。アナルはうんこ出るところだろ。ちんこ入るとこじゃねえんだよ。ショタ系の作品でもすぐに挿入開始するし、あれはよくないですよ。だいたい兜合わせ少なすぎるでしょ。

 すいません。話が逸れました。

 風呂上がって、宿を出まして、今日はバスです。宿のすぐ近くのバス停でまもなく来るバスがあるっぽいので、行き先も確認せずに乗り込みました。都バスは前から乗り込んで後ろから降りるタイプです。要するに均一運賃のとこは基本そうで、横浜市営バスなんかもそうです。うちの奥さまあたり骨の髄からの横浜育ちで「田舎のバスは距離によって料金変わるの!?」と驚いていたことを思い出します。

 旅行における醍醐味っていくつかあると思うんですが、俺はとにかく予定を決めるのが大嫌いなタイプで、朝に「今日これから俺はなにをしてもかまわないんだ」というあの空気感と申しますか、そういうのが大好きです。朝のキンと冷えた空気も嫌いじゃないです。寒いのはまったく平気です。

 バスに乗って、まずは小滝橋というところで下りました。なんかだらだらと歩いてたら、そのうちなんか特徴的な建築物があちこちに見えてきて、なにかなーと思ったら立正佼成会の施設でした。学校から病院からまあいろいろありますわ。そのあたりでバスに乗ったんですけど、バス停に立ってる品のよさそうなおばーさんが、施設から出てくる団体さんのバスに毎回手を振っており、あれはなにかな、出航するフェリーに手を振る的なノリなのかなと思ってたら、バスに乗ってる人たちもみんな手を振っていて、なんだろ、あれはなんかの儀式なんですかね。それともバス停で待ってたおばーさんがえらい人だったんだろう。よくわかんないです。

 東京という町に関しては以前も書いたことがあるんですが、とにかく人が多くて土地の利用が超高集積なわけじゃないですか。わずかな土地も遊ばせておかない。結果として土地あたりにかかってる手間とか金とかが田舎なんかとはケタが違うわけでして、隅々まで管理されてる感じがあるんですよね。その状況だと、いろんなものがこぢんまりと収まらざるを得ない。駐車場でもほんと限界いっぱいですし、ゴミ捨て場ひとつとっても、階段でも「いかに少ない土地でやりくりするか」がメインテーマになっている。つまり、目に入るあらゆるものが「人間のサイズ」でできてるんですよね。まあこれは東京に限らず都市部ではだいたい似た傾向になるんだとは思うんですが、基本的に、雄大な自然だとかより、俺は「歴史」みたいなのに興味があるんです。カギカッコに入れたのは、人の生活の積み重ねみたいなものが「その場所」における歴史だと思うからです。それは5年10年の単位でもそうですし、50年でもそう。東京に限らず都市部がおもしろいのは、こうした時間の重層性みたいなものが目に見えるかたちで表現されてることかなと思います。

 

 さて、そんなこんなで、とつぜん方南町で下りました。

 方南町って場所は以前から気になってました。これは子供のころから路線図を見るのが好きで、そうすると、千代田線の綾瀬支線と丸ノ内線の方南町方面が気になるんですよね。あそこにはなにがあるんだろうって。

 そのころにはちょうど昼時で腹も減っておりましたので、さっそく食いもの屋を物色しはじめました。商店街のなかにいい感じの定食屋がありまして、ボリュームたっぷりって書いてありましたし、なんかメニューがいかにも定食屋然としてて、しかも店内を覗いたらなんか惣菜的なものが大皿に乗って置いてあって、好きにとってねーみたいなシステムになってるっぽいです。この手の定食屋は大好物なのでさっそく入ろうと思ったら、俺の目の前で数人がどかどかと店内に入っていきまして、完全に満席になったので諦めました。ちなみにこの定食屋、あとで知ったんですが、タイムラインの方のごくごくご近所だそうで、知らないとはいえ偶然ってあるんだなあと驚きました。

 んでまー、近所の松屋も松乃家もありとあらゆる店が混雑してたんで、もういいやってんでバスに乗って新宿に到着。これだけ大きな駅なら家系のラーメン屋もあるんじゃないかなーと思ったらチェーン店っぽいのしかなくて、個人的には六角家で家系デビューを果たして以来、20年以上にわたる家系好きの俺としては、あの手の家系あんまり好きじゃないので、新宿はさっさと逃げました。

 

 実は今日は目的らしきものがひとつありました。うちの奥さまが異様なくらいの赤飯好きであり、そして東京には赤飯を専門としている店があるというのです。これはおみやげにちょうどいいんじゃないかなと思って、これだけは買っておこうと心に決めておりました。

 お店は白金台にありますので、新宿からその方面に向かいます。東京に来たときでも可能な限り乗らない山手線に乗りまして目黒まで。目黒からはバスです。ちなみにグーグルさんの案内だと西口に行けって書いてあったんですが、実際のバス乗場は東口で、どうしてそういう微妙などうでもいいとこでまちがうんだろう。

 10分ほどの待ちで目的のバスが到着。乗ってみたら、たまによくあるやたら荒ぶる運転をする運転手さんのバスでした。路線バスというと、箱根を走る路線バスの運転手さんの峠攻めテクニックはまじでやばいです。乗用車でも追いつけないのではないかと思うような速度でコーナーを攻め、そのくせ横揺れとかあんまりない。なるほどどこぞの豆腐屋がコップに水を入れて群馬かどっかの峠で練習してたのはこういうことなのかとよくわかる次第です。

 そういえば途中の渋谷で家系のラーメン食ったのを書くの忘れてた。いや、別にふつーでしたけど。

 

 目的のお店で赤飯を購入。白金台からは大井競馬場まで行き、そこから大井町駅までの直通バスで。大井町からは京浜東北線で。

 というような感じで帰ってきたんですが、途中でなんかの人身事故があったらしく、横浜あたりでホームがやばいことになってました。

 

 という感じです。

 こうやって小旅行らしきものに出かけていつも思うのは、俺はほんとうに他人から話しかけられるのが嫌いなんだなあということです。だれも俺に興味を持たない。こんなすばらしいことはないです。

 あと東京にはとにかくたくさん人間がいるなあと思いました。田舎と都会の違いってひとつには土地利用の更新速度みたいなもんだと思うんですよ。都会は、看板とか店とかとにかくガンガン入れ替わる。人間だってたくさんいる。総体として見た場合、視覚から入ってくる情報量のケタがまったく違います。

 が、今回東京を歩いてみてあらためて思ったのは、日頃からこんなに人間をたくさん見てたら、自分の存在なんて、そのうちのひとつでしかない、いってみればどうでもいいようなものだと思うようになるんじゃないかなあというようなことでした。いやまあ、慣れの問題ではあるんでしょうけど。少なくとも俺のように「外部から」東京を見てる人間にとってはそう見えるのです。

 そういえば、あれどこで読んだんだったかな、銃・病原菌・鉄だったかな、ちょっと覚えてないんですけど、初期人類の集団の限界が100人?だっけ、ちょっと曖昧極まりない記憶で申し訳ないんですが、とにかく人間が相互に認知しあえる集団のサイズには上限があるって話。それでいうと田舎って、わりとそのサイズに収まるんですよね。よくも悪くも、どんな人間でも、集団内の一員として(なかば強制的に)存在「させられる」感じです。これもいい悪いの問題じゃなくて、人間ってのは一人きりでは生きていけないようにできているわけで、そうなると「存在させられる」というのは決して悪いことばかりじゃないのかもしれない。東京で、家と職場を往復しているような人にとって、その「存在させられる」という感覚ははたしてあるのか。仮に職場が帰属する場所だったんだとしても、代わりなんていくらでもいるわけじゃないですか。人間あんなにたくさんいるんだから。人間にとって「存在する」というごく基本的なことが、自助努力によってなされなければならないって状況はけっこうしんどいように思います。

 つってもまあ、俺はそういう意味では都会のほうが好みなんですけど。

 

 まあそんな感じです。小旅行たのしかったです。